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時間倉庫

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 現在・過去・未来・・・消えた時間。ここは時間の倉庫です。  

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昨日箱根に泊まって一泊で帰るつもりが車に浅草(実家)で貰った東急のチケットがあった!
で~~100km程の浜岡原子力発電に行ってみる事にしました。静波海岸に泊まります。
御前崎の海岸は凄い風、風力発電のブロベラが回っていました。
東名吉田から25km、30km圏内です。沢山の平穏な生活があります。
浜岡原発は中部電力です。60ヘルツを50ヘルツの関東に清水変電所で変換して提供してくれています。
公園や森が併設しで桜がほころんでいました。時期的でしょうか原子力館は子連れで見学の人多いです。
by jikansouko | 2011-03-31 21:35 | 今の時間
我が家のお庭にも春の足音が・・・
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「あきらめない風」

空を見ながら
歩いてみよう
歩きながら
好きな言葉を
並べてみよう
並んだ言葉に
音がついて
知らない内に
歌になってる
心に光が
満ちて来て
太陽が作った影は
いつも一緒に
歩いている
暖かい背中
温かい心
足元に芽吹いた緑
止まらない時間
夢と希望と幸せを
決して最後まで
あきらめない風

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by jikansouko | 2011-03-30 12:25 | 今の時間
中部電力浜岡原子力発電所
御前崎の海岸にあります。
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2011年3月22日

本日、中部電力から、福島第一原子力発電所の原子力緊急事態を踏まえた浜岡原子力発電所の津波対策の状況について、県危機管理部へ説明がありました。(詳細は中部電力ホームページ参照(外部サイトへリンク))

県危機管理部から、中部電力に対し、以下のとおり要請しました。

(1) 浜岡原子力発電所で想定している地震や津波について、分かりやすい説明に努めること。

(2) 防波壁の設置については、科学的な検証を行うこと。

(3) 外部電源の確保を含む更なる電源の確保対策、海水系ポンプの更なる防水対策など、科学的・技術的な根拠に基づく津波対策を再検討し、説明すること。


浜岡原発は過去の事故もあり、基盤その他も弱いそうです・・・歴史から学んだら
それをどう生かすかという事は、誰がやってくれるのでしょう?
by jikansouko | 2011-03-30 10:21 | 時代
研究成果を生かせなかった…」貞観地震の研究者
2011.3.28 19:28 (1/2ページ)
 「貞観地震の再来だ」。東日本大震災が起きた今月11日、超巨大地震のデータを目の当たりにした産業技術総合研究所の宍倉正展さんは「背筋が凍りつくような恐ろしさを感じた」と振り返る。宍倉さんらは宮城、福島両県のボーリング調査などから、869(貞観11)年に東北地方を襲った巨大地震・津波の実態を解明し、「いつ、再来してもおかしくない」と警鐘を鳴らしていた。だが、日本の災害史上最大規模の地震・津波は、研究成果を防災に生かそうとする途上で襲ってきた。

 「なぜ今、起きてしまったのか。1千年単位の長い周期のうち、たった数年待ってくれれば、防災対策を立てられたのに…」

 産総研で海溝型地震歴研究チームを率いる宍倉さんは、声をつまらせる。

 貞観地震の研究に着手したのは平成16年。宮城、福島県の沿岸の地層をボーリング調査で解析し、貞観地震の津波が運んだ砂の層の分布から津波の到達域を特定。太平洋沖を震源とする巨大海溝型地震が、大規模な津波を起こしたことを突き止めた。

 岩手県や茨城県ではボーリング調査による津波堆積物の特定が難しく、海水は砂層よりも内陸まで到達していたはずだ。「それを考慮すると、貞観地震の規模はマグニチュード(M)8・3より大きい」と推定。ボーリング調査では、東北地方は500~1千年の間隔で、繰り返し巨大津波に襲われていることも判明した。
産経新聞

月の抒情より
(貞観十一年五月)廿六日癸未。陸奥国地大震動。流光如昼隠映。頃之。人民叫呼。伏不能起。或屋仆圧死。或地裂埋殆。馬牛駭奔。或相昇踏。城郭倉庫。門櫓墻壁。頽落顚覆。不知其数。海口哮吼。声似雷霆。驚濤涌潮。泝徊漲長。忽至城下。去海数十〔千〕百里。浩々不弁其涯涘。原野道路。惣為滄溟。乗船不遑。登山難及。溺死者千許。資産苗稼。殆無孑遺焉。

 貞観十一年(八六九)五月二十六日、陸奥国に大地震がおこり、多賀城の城郭その他建物が倒壊し、その数は知れない。また、大津波(「海口哮吼。声似雷霆。驚濤涌潮。泝徊漲長」)はたちまち城下に至り、海浜から「数十〔千〕百里」ほど水が押し寄せ、城下の死者は千人に及んだ──。
 大要を粗っぽく記しましたが、この大津波による土質変化を、多賀城・仙台平野からさらに広範囲に調査しているのが東北大学です。この調査結果は、「想定外」といった免責ことばに終始する日本の地震学・津波学に再考を迫るはずのものと考えますが、あるいは、結果は同じで無視されるのかもしれません。千年(以上)という時間に対するセンスをもつのは容易ではありませんから。
 ところで、征夷大将軍・坂上田村麻呂が東北のまつろわぬ民・蝦夷[えみし]の討伐を朝廷に奏上したのは延暦二十年(八〇一)九月二十七日のことでした。前年の延暦十九年(八〇〇)三月十四日には富士山の噴火があり、東北の九世紀は、きな臭さの余韻のなかではじまったようです。
 貞観時代(八五九~八七七)を中心に、九世紀の天変地異は数多く記録されています。当時、当然ながら太平洋プレート云々といった地質学は存在しませんから、こういった異変は「祟り」とみなされていました。仁和二年(八八六)八月四日の『日本三代実録』の記録には、「安房国に天変地異があり、鬼気御霊の祟りで兵難の相があるとし、近隣諸国に厳戒させる」(『日本文化総合年表』)とあり、朝廷側は「鬼気御霊の祟り」を大真面目に認めていたようです。
 ここで、天変地異の九世紀を『日本文化総合年表』ほかから、あらためて年表ふうに書き出してみます。

延暦十九年(八〇〇)──富士山噴火
弘仁九年(八一八)───北関東で地震、死者多数
天長四年(八二七)───大地震あり、以後、地震頻発
天長七年(八三〇)───出羽国秋田に大地震、秋田城・四天王寺等、倒壊
承和八年(八四一)───伊豆地震、死者多数
嘉祥三年(八五〇)───出羽地震、死者多数
斉衡三年(八五六)───この年、地震多く、被害甚だしい
貞観五年(八六三)───越中・越後地震、死者多数
貞観六年(八六四)───駿河国、富士山大噴火(貞観噴火)、阿蘇山噴火
貞観九年(八六七)───阿蘇山噴火
貞観十年(八六八)───播磨・山城地震
貞観十一年(八六九)──三陸大地震、津波(貞観津波)
貞観十三年(八七一)──出羽国、鳥海山噴火
貞観十六年(八七四)──薩摩国、開聞岳噴火
元慶二年(八七八)───相模・武蔵地震、死者多数
元慶四年(八八〇)───出雲大地震
仁和元年(八八五)───薩摩国、開聞岳大噴火
仁和二年(八八六)───安房国で地震・雷など頻発
仁和三年(八八七)───南海地震、東南海地震、東海地震

 各地の神社伝承や地方史などをていねいにみてゆくならば、もっと拾い出すことは可能でしょうが、それにしても、貞観時代は天変地異が集中した時代だったようです。
 気象庁発表によれば、今回の地震名は「東北地方太平洋沖地震」、震災名についてはマスコミによってばらばらで、たとえば「東北関東大震災」とか「東日本大震災」といった仮称がみられます。貞観時代における「東北地方太平洋沖地震」といってよい三陸大地震で気になるのは、その五年前に記録されている富士山噴火です。
 地震・噴火の発生順はともかくとして、近い時間のなかで三陸大地震と富士山・鳥海山噴火、それと三陸からは遠隔の地にある阿蘇山・開聞岳噴火までが記録されています。
 三月十五日には富士宮市あたりを震源地とする地震が発生しました(静岡県東部地震)。気象庁は「この地震による津波の心配はありません」といった通り相場の発表をしていましたが、富士宮市は富士山麓にありますから、富士山噴火の可能性の有無についても言及してよかっただろうとおもいました。
 また、東北地方太平洋沖地震と静岡県東部地震は直接の関係はないだろうとの識者の意見も聞かれます。これはプレートが異なるものだからというプレート論に依拠したものですが、考えてみれば、そういったプレートを実見したものはだれもいませんし、ましてや、各プレートの下の地殻変動がどのようなメカニズムによるものかは不明です。
 自然は予測不能なところで自己主張するはずで、科学・人智は過去(歴史)から学ぶという姿勢を手放さないほうがよいようにおもいます。
  *
 ここで補足しておきたいのは、貞観十三年(八七一)におこった鳥海山の噴火についてです。当時の朝廷側の記録(『日本三代実録』)は、この噴火に対しては異例に多くのことばを費やしています。

(貞観十三年五月)十六日辛酉。先是。出羽国司言。従三位勳五等大物忌神社在飽海郡山上。巌石壁立。人跡稀到。夏冬戴雪。禿無草木。去四月八日山上有火。焼土石。又有声如雷。自山所出之河。泥水泛溢。其色青黒。臰気充満。人不堪聞。死魚多浮。擁塞不流。有両大虵。長各十許丈。相連流出。入於海口。小虵随者不知其数。縁河苗稼流損者多。或浮濁水。草木臰朽而不生。聞于古老。未嘗有如此之異。但弘仁年中山中見火。其後不幾。有事兵仗。決之蓍亀。並云。彼国明神因所禱未賽。又冢墓骸骨汙其山水。由是発怒焼山。致此災異。若不鎮謝。可有兵役。是日下知国宰。賽宿禱。去旧骸。並行鎮謝之法焉。

 当時、鳥海山という山名は語られず、大物忌神社が山上に在るというように、大物忌神がいます山というようにいわれていたようです。引用の漢文を正確に読み下すのは難儀ですが、出羽国司は四月八日のこととして、噴火(「山上有火」)と焼けた土石が河に流れ泥水があふれかえり、流域の田をつぶした様を記しています。長さ十丈ばかりの大蛇が二匹、流れ下っていって海にはいると、無数の小さな蛇がつき従っていったといった不思議な逸話も書かれています。
 国司の報告の後半によれば、弘仁年中にも噴火があったとしていて、また、噴火は山中の死穢による不浄や、ていねいな神まつりをしなかったことを神が怒ったという理解だったようです。先に、安房国の天変地異は「鬼気御霊の祟り」で、これは兵乱の兆しであるという朝廷側のことばをみましたが、それにならえば、鳥海山の噴火は「大物忌神の祟り」となります。少なくとも、朝廷側は、そのように認識していたとおもわれます。
 この大物忌神が瀬織津姫神を秘した神名であったことの考証はくりかえしませんけれども(『円空と瀬織津姫』上巻参照)、この神を「祟り」をなす神とみなしていたのは、朝廷支配層側に、それ相応の「祟られる」意識があったゆえで、庶民とは無縁の話です。
 かつて『エミシの国の女神』を出したとき、「この神は天変地異を司る神。世に出してはいけない」といった匿名電話をもらったことがありました。天変地異、つまり自然災害をこの神の意思によるものとみなす発想は、現代にも根深くあるのかもしれません。しかし、これは、古代の朝廷支配層側がこの神に抱いていた認識を無批判に踏襲したものというべきで、そういった無思考的発想を現代にもつことは大いなる時代錯誤、ある意味、つまり、この神に対する畏怖の感情をもたない分、かつての朝廷思想よりも質[たち]がわるいといえます。
 困難はありますが、瀬織津姫という神が正統に理解される道を信じて、一歩ずつ歩を進めてゆくしかないようです。
by jikansouko | 2011-03-30 01:36 | 時代
@nhk_kurogen
クローズアップ現代もソーシャルメディアに注目です。

★節電を呼び掛けるヤシマ作戦(Yasima)

★節電ポスターの呼びかけ(集まったデザインを印刷して貼って行く)

私はゲームは分からないけれど、アイデアとして若い人達に影響力があるゲームや漫画やアニメ
が人々を動かして行く社会が出来つつあるのは現実です。

震災が起こる前、政治は足の引っ張り合いの繰り返しでした。
国も若者のソーシャルメディアのアイデアを吸収してほしい。


新しい世界が始まる・・・

地方の長がそれぞれの地域の決断が出来る国。
国の長を国民が直接選べる国がいいな!
by jikansouko | 2011-03-30 00:34 | 時代
太平洋側に  女川  福島第2   東海   浜岡と
活動中の原発がありますが↓が分かっていてどうして此処に作るのでしょう?
ドイツは今回の震災で80年代の原子炉を止める事にしたそうです。

 海上保安庁では、巨大地震の発生が懸念される日本列島の太平洋側沖合いの海底の動きを捉えるため、GPS/音響測距結合方式による海底地殻変動観測の技術開発及び海底基準点の展開を行っています。

1.地震多発国-日本-
 日本は、世界でも有数の地震多発国で、日本周辺の至るところで地震が発生しています(図1)。過去においても、たびたび巨大地震が発生し、地震に伴う強い揺れや津波により大きな被害を受けてきました。最近では、2003年5月と7月に宮城県北部でマグニチュード7.1(M7.1)及びM6.2、9月には十勝沖でM8.0の地震が発生したのは記憶に新しいことでしょう
過去の資料によると、大きな被害をもたらす巨大地震は、ある程度決まった場所で繰り返し発生していることが分かっています(図2)。例えば、近年巨大地震の発生が懸念されている宮城県沖地震は、宮城県沖から日本海溝にかけての海域を震源とする地震で、約40年ごとにM7.5~M8.0クラスの巨大地震が発生しています。
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2.なぜ地震は起きるの?
 では、こういった大きな被害をもたらす巨大地震はなぜ起きるのでしょうか。その答えは、日本列島の位置に大きく関係しています。地球の表面にはプレートと呼ばれる厚さ数10km程度の岩盤が十数枚敷き詰められていて、それぞれのプレートは別々の方向に年間数cmの速さで移動しています。日本列島周辺にも複数のプレートがあり、日本周辺では太平洋プレートやフィリピン海プレートといった海洋プレートが、日本海溝や南海トラフから日本列島のある陸側のプレートの下に年間数cmの速さで斜めに沈み込んでいます(図3)。そして、海洋プレートが沈み込む時に上にある陸側のプレートが引きずり込まれ、徐々に歪みが蓄積されていきます。そして、その歪みが限界に達したときに元に戻ろうとして爆発的な破壊を起こし、それまでに蓄積されていた歪みを一気に解放しようとします。これが、宮城県沖地震や東海・東南海・南海地震などのようなプレートの境界で発生する巨大地震です(図4)。

 前にも述べましたが、このような巨大地震は繰り返し起きていますので、地震の発生そのものを避けることはできません。そのため、巨大地震が発生したときにいかにその被害を最小限に留めるかが非常に重要になってきます。そして、巨大地震の被害を最小限に留めるには、まず敵を知ること、すなわち地震発生のメカニズムを詳細に知る必要があり、大学や研究所等の機関で様々な研究が行われています。現在までに、プレートの沈み込みによる歪みの蓄積の度合いは一様ではなく、場所によりプレート同士のくっつき(固着)具合が異なっていることが分かっています。陸側プレートと海洋プレートがしっかりと固着しているところでは、海洋プレートの沈み込みによるプレート間の摩擦が大きく、陸側プレートも引きずり込まれるため、歪みがどんどん蓄積されていきますが、両プレートがほとんど固着していないところでは、両プレート間の摩擦がほとんどないため歪みはほとんど蓄積されません。そのため、どこがどの程度固着しているかを詳しく知ることが次に来る地震の震源域を想定するためにも大変重要です。このような観点から、最近の研究では、陸上のGPS観測により求めた地殻変動のデータを用いて、プレート境界面上の固着状況の分布を求める試みが行われています。しかしながら、巨大地震の震源域の多くは日本列島から離れた海域にあるため、陸上のデータだけではどうしても海域の精度が悪くなってしまいます。より精密にプレート間の固着状況を知るためにはより震源域に近い海域の地殻変動データを取得することが不可欠です。


図3.日本周辺のプレート 図4.プレート間地震の発生
(「日本の地震活動-被害地震から見た地域別の特徴-<追補版>」
総理府地震調査研究推進本部地震調査委員会より抜粋・加筆)

3.海上保安庁における海底地殻変動観測
 そこで、海上保安庁では、このような海域におけるデータの空白域を埋めるため、東京大学生産技術研究所と技術協力し、海底の地殻の動きを測る海底地殻変動観測の技術開発及び海底基準点の展開を行っています。これまでに、三陸沖から紀伊半島にかけての太平洋側沖合いに海底基準点を十数点設置し(図5)、測量船による繰り返し観測を行っています。各海底基準点は、複数の海底基準局から構成され、陸上に設けられたGPS陸上基準点と海底基準点(海底基準局の中心位置)との位置関係を精密に測定します。各海底基準局の位置を測定する原理の概要は次のとおりです。
 海底基準局の位置の測定は、動揺によって時々刻々と変化する測量船の位置を決定するキネマティックGPS測位と、測量船と海底基準局の距離を測定する音響測距を組み合わせて行います。GPS測位は人工衛星を用いて高い精度で位置を決定する技術で、カーナビ等にも利用されています。しかしGPS衛星からの電波は海底までは届きませんので、それだけでは海底基準局の位置を決めることはできません。一方、水中では音波を使うことにより、測量船と海底基準局との距離を求めることができるので(音響測距)、この2つの技術を組み合わせて、陸上基準点に対する海底基準局の位置を求めます。

 4.関連事項
2005年宮城県沖の地震(M7.2)後の海底の動き~世界初!ひずみの解消から蓄積開始に至る動きを捉えた~ (H21/05/11 広報資料, PDF:651KB)
福島沖で海底の動きを捉えました~福島沖における海底地殻変動観測結果について~ (H20/06/06 広報資料, PDF:813KB)
東海沖の海底の動きを捉えました(H19/07/09 広報資料, PDF:92KB)
相模湾で海底の動きを初めて捉えました(H19/05/01 広報資料, PDF:262KB)
2005年8月16日の宮城県沖地震に伴う海底地殻変動観測結果(H17.10.11)
「宮城県沖」における海底地殻変動観測 ~「宮城県沖」海底基準点の観測成果(H16.10)、 地震発生の謎解明に一歩近づく(H16/10/08 広報資料, PDF:64KB)
2010.7.1 海上保安庁
by jikansouko | 2011-03-30 00:02 | 時代
・・・と、菅さん口にしたようです。
東電を国営にする話も出ているようです。
プルトニュウムは悪性で炉心の溶融も起きているのではと言う話が出ていますね。
トレンチに土嚢やコンクリートの防波堤を作っているみたいですけど。
水が何処から漏れている確認作業が出来ないのですから、私達がテレビを叩いたら
「あ、見えた!」ぐらいの感じで作業していると言う事なのでしょうか?
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上野の山の桜が少し咲いていました。咲いていないけどなんとなく桜を待っている風情で
人々が集まっていました。みんな春を待って居るんですね。

寛永寺の輪王寺に枝垂れ桜が満開でした。
by jikansouko | 2011-03-29 17:14 | 時代
福島原発プルトニュウムが発見されました。プルトニュウムは永久くらいに消えない程の物だそうです。
昨日ラジオで、東電がプルトニュウムの測定器を持って居なかった。他の助けを借りたがらない、内部に入れたがらないと言って居ましたが、フランス原子力大手アレバに東電が援助要請して専門家が来るそうです。

スリーマイル島の原発事故は1979.3.28昨日でした。現在2基活動中だそうです。
アメリカペンシルバニアのその時の知事は、沢山の意見が津波の様に来て対応に苦慮したそうです。
対立する意見もありとても大変だったと言って居ますが「中東問題などの現在は原子力発電は必要です」と言ってました。

良く分かる原子力
by jikansouko | 2011-03-29 10:19 | 時代
雄犬ポーの地震のトラウマはだいぶ治って来ました。
家が揺れる度にお青くなって(黒いので色は見えないけれど^^)
ブルブル震えるのは無くなりました。

でも、運の悪い事に隣のマンションが壊して新しく作りなおして居ます。
家族専用で景色と環境が良くなるのは嬉しいのですが~家が揺れます!

壊して居る最中でこれですからパイル打ちはもっと揺れるでしょうね~~
震えないけど、仕事をしていても「何処に居るんだ~~!」と吠えて呼びます。
今もパソコンの足元で2匹寝ています。

本当は屋上に水遣りに行きたいんですけどね~~


b0181457_10113986.jpgそうそう我が家に30年前ほどに娘の同級生が拾った子犬を「飼って下さい!」と
泣きべそ出来たのと、チビ達が「飼いたい!」と言うので、飼った子犬がチロ(メス)
中型犬の雑種でした。その子で真黒なポー、そして孫のピンク・・・
その頃は犬の飼い方も良く分からないで、お庭で外の犬小屋でした。家に入れる発想は
無かったですね~~雨の日も雪の日も家には一切入れませんでした。
それが、当たり前と思って居ましたが・・・家で飼ったら、今は考えられないです。
by jikansouko | 2011-03-29 10:00 | 今の時間


色々な角度からの意見を探してみます。
まずは広瀬氏から
by jikansouko | 2011-03-28 22:34 | 時代

by 下町古娘