現在・過去・未来・・・いつの間にか溜まってしまった消えた時間。ここは時間の倉庫です。  

by 下町古娘

カテゴリ:母との思い出(介護)( 90 )

言霊

兄が発病したのは10歳、門脈圧高血圧と言う難病で食道静脈瘤破裂で30歳で亡くなった。20年間に凝縮された兄の人生と葛藤をつぶさに見てきた。
発病した時には沢山の人の世話になるからと誰ににも優しく親切だった。
沢山の友人に信頼され愛されて、いつも死の恐怖と戦いながらも仲間達と充実した人生でした。
母は病気に必死に対応しながらも精神的に耐え切れずに「あんたの病気で私は苦労している」と兄に言っていた。
私は子供心に「兄が自分で病気に生まれた訳では無いのに、それは兄に言うべきでは無いだろう…」と思っていた。
病気の子はいつも母親に対し「申し訳ない」と言う気持ちを持っていた…最期に呟いた言葉は「おかあちゃん」幼かった兄の言葉だった。
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「ぼくの使命」
「いつもありがとう作文コンクール」第9回(2015)入賞作品から、シナネン賞に決まった作文です。

「ぼくの使命」 脇坂竜丸 千葉県市川市立稲越小学校四年
お母さん、ぼくが生まれたとき、どんな気持ちだった?ぼくが生まれて心臓病だと知ったとき、どんないだった? ぼくは勇気を出して、この作文を書く。誰にも言えない気持ちを打ち明けるのだから。
ぼくは、生まれつきの心臓病。これから話すことは、母に聞いた話である。ぼくは本当は死産で生まれてくるはずだった。生まれた後も、本来なら突然死となっていた。心臓病に気付いたのは、 ぼくが生後一ヶ月もしないうちだった。風邪をひき、病院に行ったところ、心臓病が発覚し、大きな病院に移され、まだ小さかったぼくは大手術が出来ず、緊急処置をされた。その処置も六割は亡くなりますと宣告された。 ぼくは記憶にないけれど、親せき中 じゅう とても 、 大騒ぎだったらしい。
今でも病院には通っている。ずっと順調だったが、前回の検診で、少し悪化していると言われた。母の顔が固まった。ぼくは気付かないふりをした。そのほうが母のためになる。
小さかったぼくは手術が出来なかった。だからぼくが成長して、体力が付いたら大手術をする。ぼくは知っている。その大手術がとても難しく、死んでしまうかもしれないということを・・・ 。でもぼくは、死んだりしない。弟や妹が三人いて、ぼくが助けてあげなきゃいけないから。お母さんは、ぼくが生まれた時から病院通いで大変だったろうと思う。今も小さい弟や妹がいて大変だから、ぼくが守ってあげなきゃいけないんだ。
ぼくは、今、剣道を一生懸命にやっている。今の努力は必ず実になる、と母はよく言っている。今の努力が実になり花となる。手術になる前に必ず花を咲かせてみせる。病気があるからこそ、学校では教えてくれないたくさんのことを学べたんだ。だから、ぼくはぼくのまま、ありのままの姿に感謝する。
お母さん、ぼくは手術で死んだりしないから心配しないで。 たくさんの実が、これから花となるんだから。
ぼくは、本当は手術がこわい。不安で胸が張りさけそうになるときもある。けれど、ぼくに は使命がある。だから、乗りこえなくてはいけないんだ。ぼくなら出来るんだ、絶対に。
お母さん、心臓病のぼくを生んでくれて、本当にありがとう。ぼくは輝く未来に、強く歩み続けます。

陶彩画『飛翔』
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◎【神戸】草場一壽新作 陶彩画展
2016年3月18日(金)〜3月27日(日)
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by jikansouko | 2016-02-24 07:18 | 母との思い出(介護)

母の編んだセーター

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荷物の整理をしていたら、母が編んだセーターが出てきました。
80歳で惚けたの、だんだん無地で色が入らなくなりました。その内全然編まなくなってしまいましたけど…
着ないけど捨てられませんね( ´ ▽ ` )ノ
子供達に縫ってあげたパーティのドレスとか服、母が編んでくれた赤ちゃんのケープとか、私が生きている内はしまって置きます。

5年前の夏の盛りでしたが、9月13日に逝くまで少しの間一緒に過ごせた事は感謝ですね…
そして、ブログを見ると鮮明にその時の事が思いだされます。


2010.8.23のブログから…

洒落た環境が好きな人ですから、昨晩は「汐留ロイヤルパークタワー」朝食付き

禁煙ダブルのお部屋に泊まってみました。
16時~翌11時チェックアウトでお安かったので^^
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でもねダブルでもセミダブルでした~~ちょっと狭かったです~~93+66=159歳女二人^^
ロイヤルパークタワーは24階がロビーで、お部屋は33階、窓から浜離宮と行きかう船が見えます。

朝食バイキングでどんな反応をするか楽しみで、朝を迎えて洋服を着替えさせ様と脱がしたら
ビックリです。左の乳房がまるで20代の女性の様にふくよかに垂れ下がっています。
右はおせんべいに干し葡萄がついている程度・・・

瞬間リンパ腫が転位したかと思いました。1日でこんなに腫れるのかしら?不思議でした。
ホテルから施設に送って行くつもりでしたが、このまま預ける訳には行かないし~~~
東大の入院病棟に電話して、先生に伺ったら「色も変わって無く、痛がらないなら、しばらく様子を
見たらどうですか」と冷静に言われて少し落ち着いた気分で朝食に行きました。

飲みます飲みます~大きなコップにリンゴジュース1杯、オレンジジュースも1杯、人参ジュース半分。
氷水1杯。前に並べてあげると、間違ってチーズ口に入れて出しました。
チョコボールのシリアルも口に入れて、溶けるので出せなかったようです。
プリン二口、ヤクルト1本。今日の水分補給は充分です。

そのまま我が家の近くの医院で血液検査とブドウ糖を注射で打ってくれました。栄養状態は93歳なら
「良いんじゃない!」
そうそう、胸を出したら、しぼんでました!!リンパ線を見てくれて「大丈夫!」
胸を下にして水分が溜まってむくんだんじゃない。。。」それで、あんなに大きくなるのもなのですね~~
なんだか、人間の身体って不思議なんですね。

今日は午後からottoと鎌倉でワンコもお泊りとシャンプーカット予約していたので。両方ともキャンセル
して、母を我が家に連れて来ました。

オババ様は魔女かもしれませんね~~自分のやりたいように身体を自由自在です@^)ぷっ



おんや~~月がとても綺麗です。煌々と輝いています・・・なになに?

「家のかぐやばあさん、もう暫くそちらで面倒見てね。。。」と言っているようです。

家の母は魔女じゃなく~古くなって帰るの忘れたかぐや姫かもしれませんね~~041.gif035.gif
by jikansouko | 2015-08-19 12:05 | 母との思い出(介護)

母が亡くなりました。

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午後3時18分、私の子守歌を聞きながら…本当に火がフッと消えるように・・・

安らかに亡くなりました。


皆さま、ご心配を頂きありがとうございました。


施設の方達、本当に良くして頂いてありがとうございました。

93歳でお姫様にして頂き、最後に主役で皆さんのご心配を頂き

1番、良い時に亡くなりました。

本当にありがとうございました。
by jikansouko | 2010-09-13 18:33 | 母との思い出(介護)

ハムレットの心境

色々考えていたら空が白々としてきてしまった。
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1週間前の土曜日に院長先生に呼ばれ
「肺炎は治りました。これからの計画を話して下さい」と言われました。

点滴が入らないとの事、胃ロウするしかないかな…と言いますと

「胃ロウして施設に入れるなら、指導しますよ」



施設は「胃ロウに前向きです。木曜まで待って下さい会議で決定します」ので
木曜日まで待って下さいとお願いしました。

先日の土曜日にまた院長先生のお話がありました。

「ここは緊急病院なので、出来るだけ早く施設の関連の病院に移るか、在宅介護に
切り替えて下さい」

ICUから個室に移ったので、空いているみたいだし、相部屋になりませんか?」と聞くと

なんと「老人は菌が多いから相部屋には出来ない」???色々な理由を作るものです。
「緊急でたらい回しが起きない様にベッドは空けておかなくてはならない」???

点滴は駄目、鼻からが長くなるとジョクソウが出来ると言う。危険でも胃ロウしか生きる道が
無いのなら「して下さい」と頼んだけれど却下
「1週間前だったら胃ロウの手術は出来たけど、今は弱っているので出来ません」ですって。。。

肺炎も治って栄養も少しづつ入って、なんでそんなに体力が落ちてしまったのか?
オーバーなのか現実なのか?

昨日の夜、もう一度病院に行ってみました。鼻から栄養を入れていました。唇がカサカサにひび割れて
来そうです。
手袋を取ってみると、入る時は普通だった手が点滴漏れと何かのせいか、腫れて痛々しい手になって
いました。

鼻からの点滴が我が家で出来るなら連れて帰ろうか…と思いました。
しかし介護が施設にあるので在宅介護は受けられません。

施設から抜けて移動する方法もありますが、私は良としてもottoにまで背負わせてしまう事になります。

浅草の家は機能的に無理だし、また義妹に背負わせる事になるし…ハムレットの心境です。

月曜日に介護型で回復したら胃ロウをして貰えるの病院に当たってくれると言うけど・・・
by jikansouko | 2010-09-12 06:47 | 母との思い出(介護)

老人医療

1カ月ぶりの雨の後、今日こんなに空青かったかしら~~448mだそうです。
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私思わず笑ってしまいました^^

待ちに待った施設の返事・・・「胃ロウ前向きにOK」です。

勇んで母の病院に行きました。そこで待っていたのは「ブルータスお前もか!」でした。

母は点滴をする腕が駄目で「今度は足の付け根に入れてみようと思います・・・」

鼻から管を入れていました。

目を開けて何か訴えてました。

看護婦さんの言う事には「胃ロウが出来るかはもう少し体力が出来てから・・・」

追い討ちをかけるように「重病人のICUなので個室に移っていただきます!」

高齢者のコースは同じようです。食べなくなって、誤嚥性肺炎になって、特別な治療でもないのに

個室しかありません。

知人のところは4人部屋なのに1日30000円の部屋で3ヶ月。もう一人の友人もい同じような話

東大の時もそうでした。他の相部屋空いているみたいでした。

今度の病院の個室は1日15000円だそうです。

年寄り達の死を見捨ている人達・・・それは酷い事かもしれないけれど。生活していけない人に

こんな感じにみんな突きつけられるのは残酷ですよね。

又、最近知人の親御さんが1ヶ月17万の病院から漸く特養に入れて喜んでいたら、やはり食べないで

2日目に点滴に病院に連れて行かれ、戻ってきたら誤嚥性肺炎で喀血して救急車で病院へ・・・

まだICUですが、其処は30000円の個室が噂の病院、知人は戦々恐々のようです。

これって・・・何かおかしくないですか?同じパターンで無い人は運が良いのでしょうか?

苦しまない、安らかな死のパターンを望んでいたのが転がるように、同じパターンの底に落ちて行く。

明日の運命は分からない。。。
by jikansouko | 2010-09-09 23:36 | 母との思い出(介護)

俊敏な豚おばあさん♪

意識が混濁していた母も時折目を開けています。でも点滴だらけの両腕が紫色で痛々しい。
右手がパンパンにむくんでいます。頭のネットは外してありました。
自分がこんな感じで寝て居ると考えると苦しくなってしまいますよね~~意識が無い時は兎も角目が覚めて

「あら、私は今度は何処に居るのかしら?」って認知症でも思うかしら?

b0181457_4542424.jpgある時は東大で~ある時は施設で~ある時は我が家で~そしてまた違った病院のベッドです。

周りのスタッフもそのつど違う、認知症で無かったら不思議でしょうね^^

紫色で冷たかった母の足は湯たんぽの様なもので暖かくしてありました。色が前より良くなったみたいです。
身体のバランスが崩れると色々な所に水が周り、胸が膨らまなくなったら足…そして今度は右腕です。
人の身体は本当に不思議ですね。


母の隣のベッドで私より若い奥さん、意識不明のままです。ご主人が見えて手をさすってあげていましたが、反応がまるっきり無いのは辛いですね。

反対側のおばあさんは目が覚めると「私のバックは!」と叫んで、自分の布団の中に抱えています。


バランスの良い栄養を取る事、体中の血のめぐりの為にも身体を動かす事。
老後に欠かせない課題です。
最近はコレステロールが少し高目の方が長生きだそうです。長生きしたくないから余り栄養を取らないと色々な所に弊害が出て来ます。

俊敏に動ける小太りおばあさんを目指そうと思います@^)ぷっ
by jikansouko | 2010-09-08 04:54 | 母との思い出(介護)

今日の一句(雁渡し)

034.gifファミリーでそろそろお出かけ雁渡し   下町古娘
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今、母が入院している病院の院長先生からお電話がありました。
信念がある方らしく、悪い所不備ははっきり物をおっしゃいます。
昨日私が届けた「母の所見」を読んで下さったらしく「これなら流れが良く分かる」と
良い所はきちんと認める方みたいで、色々これからも手助け、アドバイスの旨のお話を下さいました。

施設の方も先日初めて施設長さんにお会いしましたが、男気のある方で「胃ロウを善処します。結論は木曜日に出ます」と話されていました。

私は胃ロウに対して知識が無かったようです。
入浴、旅行も出来るし、口から食べるのもOK,食べ始めたら取り除いても傷はすぐ消えるそうです。

胃ロウで施設に戻れるのならば、普通で入っていても同じ事で、食の心配をしないで済むだけ心も軽く
本当にありがたいことだと思います。

今度の小鳥達は何故かキンカチョウが多産でキンカチョウだらけになって来ています。
今日は風が爽やかです。小さな秋見つけた気がしました。
大きな秋~~~は~~やく来い053.gif





by jikansouko | 2010-09-06 11:08 | 母との思い出(介護)

今日の一句(空)

034.gif大物も鏡の空もわが掌中   下町古娘
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先程母が入院中の病院から電話がありました。
明日9:30から「事情説明」がありますとのこと。

私は先日まで胃ロウとか反対でした。意味なく病院の片隅で生きながらえて居るのは
可哀想と思っていました。

しかしここ何日か混濁した母の口にガーゼで水を湿し続けている時に考えが変わりました。
これでもかと押し寄せる波に逆らって生き続ける母はまだこの世に居たいのだと思いました。

どんな状況でも彼女が生きて居たいのなら、流れがその方向に向かうと思います。
流れに逆らわないのが、私の生き方ですから。

友人のお母様の特養は胃ロウが2回までOKとの事、母の特養も近い将来そうなるかも
知れませんからね。






by jikansouko | 2010-09-03 13:19 | 母との思い出(介護)
今日のスカイツリー
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朝、今日の運命は何にも予想はしていなかった。。。

38・6度の後37.5度上がったり下がり、飲み込む時に、凄く嫌な顔をするのが気になった。
朝1番で昨日の医院に連れていった。「熱が下がらない事」を告げると直ぐにレントゲンを撮ってくれた。
明るくてテキパキ動く看護師さんが頼りになった。
先生に呼ばれてレントゲンを見せられた。左肺の下の方が白く濁っている。
意識が混濁していたので、先生が救急車と行き先の病院を決めてくれました。

「いや~一昨日初めて来たので~~」と救急隊員に喋っていた。
かかり立てのホヤホヤの患者にとても良くしてくれました。

ローカルな救急病院のスタッフは話を良く聞いてくれて、カップと吸引歯ブラシとお尻の拭き取りティシュとゴム手袋だけで入院OK
ナースステーションの後ろのICU(ベッド10床くらい)に入院・・・なんだかホッとして肩の力が抜けた。。。

左足がパンパンに浮腫んでいたのが昨日の夜辺りから右足が赤く斑にうっ血して、今日、車椅子に座らせたら、足から血が出ていた。入院してからも踵から血が出ている。
不思議に胸はもう膨らんでいない。いらない水分が足に行ったらしい。

人間の身体の不思議さを感じた今回の経験です。

ICUで大勢の人に囲まれて安堵しました。
by jikansouko | 2010-09-02 21:23 | 母との思い出(介護)
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おミッちゃんの底力でしょうか・・・
朝も熱が38.5度あるので、昨日の病院に連れて行きました。
直ぐレントゲンを撮ってくれたら肺炎でした。

救急車で入院しました。ローカルな救急病院ですが看護婦さん良い人です。
話を良く聞いてくれます。
暫くはICUで入院です。ホッとしました。
by jikansouko | 2010-09-02 15:10 | 母との思い出(介護)