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時間倉庫

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 現在・過去・未来・・・消えた時間。ここは時間の倉庫です。  

カテゴリ:粋な話( 16 )

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幇間(ほうかん、たいこ)は、宴席やお座敷などの酒席において主や客の機嫌をとり、自ら芸を見せ、さらに芸者・舞妓を助けて場を盛り上げる職業。歴史的には男性の職業である。

幇間は別名「太鼓持ち(たいこもち)」、「男芸者」などと言い、また敬意を持って「太夫衆」とも呼ばれた。歴史は古く豊臣秀吉の御伽衆を務めたと言われる曽呂利新左衛門という非常に機知に富んだ武士を祖とすると伝えられている。秀吉の機嫌が悪そうな時は、「太閤、いかがで、太閤、いかがで」と、太閤を持ち上げて機嫌取りをしていたため、機嫌取りが上手な人を「太閤持ち」から「太鼓持ち」と言うようになったと言われている。ただし曽呂利新左衛門は実在する人物かどうかも含めて謎が多い人物なので、単なる伝承である可能性も高い。鳴り物である太鼓を叩いて踊ることからそう呼ばれるようになったとする説などがある。 また、太鼓持ちは俗称で、幇間が正式名称である。「幇」は助けるという意味で、「間」は人と人の間、すなわち人間関係をあらわす意味。この二つの言葉が合わさって、人間関係を助けるという意味となる。宴会の席で接待する側とされる側の間、客同士や客と芸者の間、雰囲気が途切れた時楽しく盛り上げるために繋いでいく遊びの助っ人役が、幇間すなわち太鼓持ちである、ともされる。

専業の幇間は元禄の頃(1688年 - 1704年)に始まり、揚代を得て職業的に確立するのは宝暦(1751年 - 1764年)の頃とされる。江戸時代では吉原の幇間を一流としていたと伝えられる。 現在では東京に数名、関西には1名しかおらず絶滅寸前の職業とまで言われ、後継者の減少から伝承されてきた「お座敷芸」が失伝されつつある。古典落語では江戸・上方を問わず多くの噺に登場し、その雰囲気をうかがい知ることができる。台東区浅草にある浅草寺の本坊伝法院には1963年に建立された幇間塚がある。幇間の第一人者としては悠玄亭玉介が挙げられる。男性の職業として「らしくない仕事」の代名詞とされた時代もあった。

正式な「たいこ」は師匠について、芸名を貰い、住み込みで、師匠の身の回りの世話や雑用をこなしながら芸を磨く。通常は5~6年の修業を勤め、お礼奉公を一年で、正式な幇間となる。師匠は芸者置屋などを経営していることが多いが、芸者との恋愛は厳禁である。 もっとも、披露も終わり、一人前の幇間と認められれば、芸者と所帯を持つことも許された。 芸者と同じように、芸者置屋に所属している。服装は、見栄の商売であるから、着流しの絹の柔らか物に、真夏でも羽織を着て、白足袋に雪駄、扇子をぱちぱち鳴らしながら、旦那に取り巻いた。

一方、正式な師匠に付かず、放蕩の果てに、見よう見まねの素人芸で、身過ぎ世過ぎを行っていた者を「野だいこ」という。 これは正式な芸人ではないが、「師匠」と呼ばれることも多かった。

幇間は芸人の中でも、とりわけ難しい職業で、「バカをメッキした利口」でないと、務まらないといわれる。 噺家が舞台を「高座」と云うのに対して、幇間はお座敷を「修羅場」と云うほどである。

by jikansouko | 2012-08-11 11:05 | 粋な話
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富山のお土産で頂いた銘菓「薄氷」
心に懸かると現実がいつも向こうからやってくる…

昨日は赤坂で夫婦の会の食事会でした。赤坂サカスが出来て煌びやかになって陰影の無くなってしまった感じです。
2次会は赤坂のクラブに案内されて行きました。銀座のクラブも赤坂のクラブも法外な金額を払ってオノコが来ています。主婦からすると考えられない世界ですけれど~~必要な世界なんでしょうね・・・たぶん

お水のお姐さん達、私は色で振り分けます。
銀色の人、ピンクの人、オレンジの人、紫の人、黒い人、青い人、緑の人・・・金色の人に逢った事はありません。
妻たちは知ってか知らずかで~忘れられているのか?待っているのか?
♪~男と女の間には暗くて深い川がある~~♪・・・

私達はそこで遭いたくない人に会ってしまいました。連れて来た人は(食事の場所から偶然近くだったんですよね)
「ほら、あれが彼の彼女だよ」って教えてくれました。お水とお客の関係は憶測と錯覚の世界で本当の事は分かりませんよね~~
でもね・・・此処に私達を連れてくるのはルール違反だと思います。連れて来た彼は何時も仲間を簡単に裏切ります・・・でもね、結構仲間から好かれてます・・・人間の魅力って~男の世界は不思議です。

家庭を大事にして妻といつも行動を共にしているから・・・たまには?

分かっていないんですよね~~いい加減で暴力的で優しくもない夫だったら、大したショックでは無い・・・
優しさと裏切りの狭間で生きる苦しさの方が、本当は残酷だと云う事が・・・

お水の彼女の色は「青緑」でしょうか。。。この不景気・・・お客様は神様ですからね~~メールでも電話でも笑顔もお仕事の一環です。
by jikansouko | 2011-12-13 09:44 | 粋な話
b0181457_191628.jpg(2001年 筆)




いにしえより主婦と芸者は相対するもの、生活臭が無く男達を夢の世界へ誘っ てくれる。髪振り乱して子育てや家事、世間との付き合いに振りまわされ妻たちは悲し く淋しい時代があった。しかし現代は線引きが難しくなった。妻たちも遊び時にはホス テスなどもやっている、色んな陰の部分が生活に入りこみ見えない部分が二重三重に 重なり合ってゴチャゴチャの世の中になってきた。  

文化としての舞妓も芸者も歴史の中に埋没しつつある。21世紀の後半にはどんな形 になっていることやら。
私は墨田区の本所に生まれ、3月10日の爆撃で母に背負われ逃げて 、物心がついた頃は浅草の象潟町で育った。
住みこみ人が10~12人ぐらい居た工場だったので子 供心には冒険の出来そうな大きな家だったと記憶しています。
家から歩いて2~3分の所に浅草の見番があり花柳界が直ぐ近くにありました。

同級生にも芸者さんや置きやさん、鳶のかしらの子供が居てお正月や三社祭の時など特に色鮮やかな街 でした。象潟町は浅草四丁目に変わってしまい好きな町名だったので残念です。

近所の呉服屋さんには場所柄粋な着物も多く、遊び好きな夫への不満解消に母はせっせと着 物を買っていたようです。
私も子供の頃から着物を着せられて、お正月には日本髪を結わされま した。大晦日の除夜の鐘を聞くと、近くの髪結いさんへ一人で行って最初は桃割れそして結わた最後は17島田でした。

石のような鬢付けを髪に擦り付けるのは本当に痛くて涙が出ました。鬢付けで固まった髪をタボ を作るために柘のくしで梳かすのはもっと痛くて歯を食い縛っていました。それでも幼心にはお姫 様になれるような気がして決して厭だとは言いませんでした。

裾をつまんで歩く芸者さんの後姿や夕方お座敷にいく2~3人の芸者さんの白い顔と日本髪の 姿は綺麗だなと思いました。通りすぎた幌のかかったトラックの後ろにギッシリ芸者さんが詰まっ ていた時もありました。

母がしつらえてくれた私のお正月のいでたちは、結わたの髪に左は稲穂の簪、右は丸い手毬の ような下に長く房の下がった簪黄八丈に黒シュスの衿を掛け、お七帯に紫の前掛けそしてポック リで、そのいでたちで観音様に出かけると外人さんから良く写真を撮られました。

子供心にはお姫 様も芸者さんも大して変わりが無かったようです。小さい時からなんとなく色彩としての芸者 さんがあり、今は旅先で触れ合う事もありちょっと書いてみました。
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by jikansouko | 2010-10-18 00:37 | 粋な話
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2001/3/4(雨)
隅田区文化観光協会主宰の◆向島芸妓踊りと隅田川水上散歩◆

 午前9時40分東京水辺ライン両国発着場に集合、50代~90代の男女が150人位 居たと思う。90歳の杖をついたお婆さんも一人で参
加していた。あいにくの雨で(隅田川を下 り~レインボーブリッジ通過~パレットタウン付近~隅田川上がる~桜橋着)余り見えなかった。
 向島見番まで歩いて料亭のお弁当を食べ、一龍斎貞山の講談、向島芸妓の踊 りの次第。
  
見番余興

•青海波             一奴&き奈子
•七福神・お角力        志主子
•辰巳の左褄・夜桜や     れい子・雅子
•ソーラン節           亜実・あんこ・かりん
•武田節             れい子
•伊那節             あんこ
•おてもやん           亜実・かりん
•深川くずし           れい子・あんこ
•さわぎ(フィナーレ)        全員

 志主子・れい子・あんこさんが踊り上手で、れい子さんは粋で絵に
なる 艶姿。あんこ ちゃんは博多人形の様でまん丸。硬い友人でさえ
「お 座敷で男の人達が遊びたい 気持もわかるね!」とつぶやいた。
 3時頃見番(向島墨提組合)を出る向島二丁目辺りは周りには高級
料亭が何軒かある、この不景気に 政治家やお役人も堂々とは遊べ
ないだろうし、どんな人達が来るのかしら?
 ここには 料亭が22軒、置きやさん59軒芸者さん約130人ぐらい
だそうだ。日本の文化としては残したい けど供給と需要の問題、倫理
的な問題で国が守るわけには行かないし 難しい問題…ね!専業主婦
の私が心配するのも変ね。
 
b0181457_0583139.jpg「れい子さんが1番よかったね」言ってる所に後ろかられい子さん現る↓
れい子さんの髪型は男役の『前割れ』着物は
踊りによって選ぶ(今回のは網の着物)
 背が高いので立ち役(男役)が多いそうだ。静
かだけどキリッとしていて性格が優しそうなの
で東北の人かなと思ったら、やはり!そうでした。
 芸者さんになったのは?と聞くと
「今はみんなOL感覚」とか、踊る姿が良いので
踊りから入ったのかと思ったら、最近面白くなって来たとの事。自分で置屋も兼ねているとか。
 人数にもよるが料亭で遊んで込みで一晩1人5万円ぐらいとの事(その当時)
 
by jikansouko | 2010-10-18 00:32 | 粋な話
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京都の一流お茶屋さん枡梅で
 
始めての舞妓遊び・・・どきどき・・・

先斗町の一流所の舞妓さん5人

豆福ちゃん、こあきちゃん・・・みんな二十歳前

こあきちゃんは雑誌に載ったり有名な日本画家が描く程いい女

5人で”月は朧に~ひがし~しやぁま~♪♪”と金屏風の前で踊る

京都出身の舞妓さんは最近少なくて九州、千葉エトセトラ

お客の中におばさん二人が居たせいか

色っぽいところは、な~んにもありゃしない・・・

お酒を酌み交わしながらの雑談は現代っ子そのもの

でも、だらりの帯の先に置屋さんの紋が大きく刺繍してあったり

メノウやヒスイを使った豪華な時代物(代々置屋さんに引継がれた物)

の帯留めのデザインの素晴らしさ

地方さんや女将の大人のあしらいの魅力・・そして
 
非現実の雅な雰囲気は、流石に時代を超え続いてきた遊びだと思った
by jikansouko | 2010-10-18 00:29 | 粋な話
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上野のとあるホテルで

ディナー付き舞妓ショーがあった

宮川町の舞妓さんの出張で

16歳の金魚ちゃん(似ていたので)

18歳の小柄な可愛い子ちゃん

「松方さんも、良く来はります」

丁度離婚で騒がれていた時だったので

笑い声が・・・
 
その夜ホテルに泊まってマッサージさん呼んだ

昨日も今日も舞妓さんのマッサージをしたそうだ

日本髪や箱枕と着物にだらりの帯(相当な重さ)

舞妓さんの肩はコチコチだそうだ
by jikansouko | 2010-10-18 00:29 | 粋な話
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南紀のホテル浦島に泊まった時

2~30人の団体だったので舞台付きの大広間だった
 
芸者さんが大勢来て、夫婦同伴で奥さん達も多かったせいか

色々アトラクションを面白可笑しくやってくれる

リーダーの御姐さんがシャキシャキしていて

テンポが良くてみんなを笑わせる

禿げてる旦那さんが耳打ちされて消える

再び現れてきた時、ツンツルテンの絣の着物を着せられて

頭に大きなリボンをつけられて、芸者さんと手をつないで

童謡の替え歌を子供の仕草で唄わされる

私達はお腹を抱えて笑ったが、奥さんは人間が出来ていて

旦那さんも底抜けに陽気な人だったので

救われた・・・・良い思い出になった・・・かな・・・
by jikansouko | 2010-10-18 00:28 | 粋な話
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もうだいぶ昔昔のお話し

田中角栄さんや新潟政界人の使う

料亭イキナリヤ

なが~い掘り炬燵の宴席、脚を下ろして座り

後ろを振り向くと雪見障子の硝子が

丁度、目の位置

雪がさわさわと降ってきて芸達者な芸者衆が
小気味良く踊る

若い芸者さんが、「お稽古が毎日大変です」

と、変に媚びた様子が無いのが良い

本場の”越の寒梅”は流石美味しい

女将は東北の大きな料亭から嫁いで来たそうだ

最近若女将も同じように嫁いで

お庭が素晴らしく、夏には流しソーメンをやるとか

来る前にテレビで新潟の八十歳の芸者さんを放映していたけど

手を使うのはボケなくて良いんでしょうね

波乱万丈、最後まで女で終る人生も・……又女の一生
by jikansouko | 2010-10-18 00:27 | 粋な話
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浅草の家の裏に黒塀の妾宅があった

昔は伊豆の芸者さんだったとかで、美人かと言うと

そうではなく、口の大きなカラッパチの声の大きな人だった

板張りの家の外側まで磨くきれい好きな人で

ひゃ ひゃ ひゃ」と良く笑う人だった

中には長火鉢があって旦那さんが三つ揃えの背広の上だけ着て

下は股引で何時も座っていた

子供心にもあんまり色っぽい雰囲気には思えなかった

さっぱりしていて性格が良いからなのかな~

と納得させていた
by jikansouko | 2010-10-18 00:26 | 粋な話
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40代から50代ぐらいのベテランの芸者さん

広間の舞台の上で『お医者さん』

 一人の男性が選ばれて、衣文を抜いて羽織を着せられる

お医者さんのカバンを持たされて

芸者衆の唄に合わせて動き出す ♪病人が出たので見てください♪

座布団に芸者さんが座ってます

♪はいはい!病人は、何処かな?♪とリズムに乗って進みます

「はいはい!ここです♪診てください♪」

芸者さんの着物の中に顔を突っ込む(映倫カット)

ふーん・・・男衆だけだったらもっと凄いのかな・・・

宴会が終ってからワゴン車で芸者衆とカラオケに行く

みんなもう東北弁、私も移ってしまって

んだ・・んだ・・♪花巻の夜は更けゆく~♪
by jikansouko | 2010-10-18 00:24 | 粋な話

by 下町古娘